人生やりたいことリストの旅

人の脳は、自分のやりたいことしかできないように出来ているんだ

25年以上も喫煙を続けていた私がすんなり禁煙できた理由とその方法に答えます

この世には2種類の人間しかいない『喫煙者』と『非喫煙者』だ

どうも千日です。かれこれ20歳から心肺に送り続けてきたタールとニコチンの習慣をこのたび停止することに成功しました。

 

これは知る人ぞ知ることなのですが、この世には2種類の人間しか居ません。

 

それは、喫煙者非喫煙者です。

  • 皆が喫煙の習慣がない人間として生まれ、
  • うち一部が喫煙の習慣がある人間になります。

 

私はこの間を行って帰ってきたということになりますね。

 

何人かの人は今、私のことを『アホか?』と思ったんじゃあないかと思います。今回はそういうスタイルで行こうと思います。最後には、なぜ、こういう言い方をしたのか種明かしをします。

 

現段階でタネが分かった人を除いて、手ぐすね引きながらこの後を読んで頂ければ嬉しいです。

 

私は成人してから45歳の今までずーっと喫煙者でしたので、約25年間喫煙者でした。永年勤続賞をもらっても良さそうなものです。そんな私がアッサリとたばこを吸う習慣を止められたのにはあるキッカケがありました。

 

この妻との話し合いの中で『離婚届にサインしないんだったら、私は8階から飛び降ります。これで私が死ぬか死なないかは分からないけど、とにかくそうする。』とまで言われました。

 

結果的に離婚には至らず今はおしどり夫婦してるのですが、その日を境として私はニコチンを摂取していません。

 

これは彼女と禁煙することを交換条件として婚姻を継続することにした、とかそういうことでもありません。

 

ごく自然にです。

 

もしかしたら、このブログを最後まで読んだ人の中にも、そのまま私と同じようにたばこを止められる人が居るかもしれません。

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なぜ25年以上も喫煙を続けたのか?

何でも長く継続したらそれなりに誉めてもらえるもんですけど、喫煙については誰も誉めてくれません。 むしろ『止めた方がいいよね』って感じですよね。

 

そんな、誰にも誉めてもらえない喫煙の習慣を今までコツコツと続けてきた理由は『止める必要性』が無かったからです。

 

他人に止めろと言われたからといって、なんで止めなきゃいけないの?

 

つまり、一般的にたばこをやめた方が良いとされる理由の中に、私がたばこを止める理由が無かったのです。

 

健康に悪くても愚かなことでも、それをする権利がある

たばこが健康に悪いということについて、一通りのことは知っています。またTPOをわきまえて楽しまなければ、周囲の人に迷惑がかかることも承知しています。

 

それが自分にとって百害あって一利なしの行為であって、極めて愚かな行為であったとしても、自分がそれをやりたいと思っているのであれば、それを行う権利が自分にはあると思っています。

 

そもそも、自分が賢い人間であるとは思っていませんし、どちらかと言えば愚かな部類に入る人間だろうと思っています。つまり、そんな愚かな男にも、愚かな行為をする権利があることを確認したいんですよ。

 

幸運にも良好な心肺能力を維持しつづけることが出来た

肺がんや肺気腫のリスクを高めるというたばこの害ですが、どういうわけか、私には医学的に見える形でデメリットが無かったというのもありました。

 

40歳から毎年人間ドックでたばこの本数と運動習慣を申告しています。成人してからほぼ毎日20本のたばこを吸い続け、運動らしい運動をしていない私の肺活量は未だに20代の平均男性と変らないレベルなんです。

 

肺活量の検査では毎回、結果を二度見されますし、検査方法や器具に問題が無いかを確認するために2度検査します。なので間違いないと思います。

 

私の若い時の長距離走の記録は十人並みです。特に優れた心肺機能を持っているわけではなく、喫煙の習慣によってさほど心肺機能に悪影響が無かったということではないかと思っています。

 

禁煙キャンペーンによる喫煙者と非喫煙者の分断

とはいっても、私もまた禁煙してみようかと思ったことはありますよ。だって、CMをはじめとして、そんな情報があふれているじゃないですか。

 

しかし、なんかイヤだったんですよね。禁煙やだなーと思ったのは私がまだ20代後半のころ、読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー [セラピーシリーズ] (ムックセレクト)という本を読んでたばこを止めた知人が、キッカケだと思います。

 

その知人とはそれまで、一緒に喫茶店で喋ったりしてたんですけど、この本でたばこを止めてからは、私がタバコに火を点けるたびにしきりに『なぜそんな無意味な習慣を続けるのかわからない』と聞いてくるんですよ。

 

なぜそんな白い棒に火をつけてチューチュー吸ってるんですか

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 この「なぜ」は理由を聞いているのではないことは明らかですよね。

 

『言ってる意味が分からない』だから『教えてくれ』。

 

これは、聞く耳など全く持っていない人の特徴的な態度なんです。

 

あなたには一つ明らかに間違っているとこがあるんだけど知りたい?

順を追って自分で話せば、自ずとその間違いに気づくことが出来る。

それに気づく手助けをしてあげよう。

良かれと思ってやってるのかもしれませんが、ありがた迷惑なんですよね。ウンザリするんです。これを境として彼とは疎遠になりました。 

それまで彼には愚かな喫煙習慣がありました。喫煙習慣があったときには、同じく喫煙習慣のある人とも、喫煙習慣の無い人とも仲良く付き合うことが出来ていたのです。

 

しかし、彼が喫煙習慣の無い人になったとたん、喫煙習慣のある人とはこうした嫌味を言わずに付き合うことが出来なくなってしまったのですね。

 

健康と引き換えに社会に溝を作った

これ、彼にとってトータルで見て得なのか損なのかは場合によると思いますけど、社会全体のレベルでみるとデメリットなんですよ。

 

本当なら協力しあえる同士の人が『喫煙習慣の有無』という本来の価値とは関係の無い要素で分断されて交流しない、ないしは対立してしまうことをデメリットと言わずして何というのでしょうか。

 

 禁煙セラピーには副作用があるのです。 

 

これを読んだ人が喫煙の習慣を止めることが出来るのは、たばこなんて無くても将来的に全く困らないし、喫煙なんて不必要な習慣だということを実感できるためです。 

 

だから、こんなバカげたことをまだ続けている人間がバカに見えてくるのですね。

 

しかし、彼らをバカにする自分がどうなのか?ということについては、禁煙のプラスにはならないのでノーケアです。そして、社会の人間を『喫煙者』と『非喫煙者』に分けてしまいました。 

 

これが禁煙セラピーの副作用です。

 

社会を分断するとマネーが動くことが分かった

また、一方でこの分断によって大金を手にする人も出てきたんですよ。喫煙者と非喫煙者の衝突を避けるように物理的に分けるということをしていますよね。

 

喫煙所の設置やニコチン中毒の保険治療を巡って多く議論が行われ、その実行によって多くのマネーが動くようになりました。

 

つまり、二つの勢力を一度対立させて、その後衝突しないように社会インフラを整備していくというプロセスで、少なからずお金が動く、支持者を集められる。ということに気づいてしまったんです。

 

女性専用車両というものの存在を巡ってジェンダー間の対立が妙な感じで煽られているような気がするんですが『対立して面倒が起こる前に分けちゃえ』みたいな風潮のはしりは喫煙所というものがスタートではなかったかと思っています。

 

対立が起こるとそれを起点に主義主張を作ることが出来るし、経済も発展する。最も典型的なモデルは武器商人です。戦争を起こして双方に武器を売る。しかし、戦争はイヤですよね。だからということで発明されたのが、こうした社会の中でのグループ間の対立をプロデュースすることなんじゃないでしょうか?

 

戦争ほどのデメリットではありませんが、社会の人々が仲良くして共存することではなく、対立を作ることは社会にメリットがありません。しかし、関連消費、関連投資が増えて、特定の業界や個人にカネが入る仕組みということなんでしょう。

 

なので、こうしたことに加担するのもどうかと思うんですよ。こうした喫煙や禁煙についての話題になると必ずわいてくるのが、こうした対立を煽るようなコメントです。特に断絶を作ってお金が儲かるというのでなければ厳につつしむべきであろうと思いますよ。

 

もちろんそれで儲けようなんて論外だと思います。しかし、そういう仕組みになっているのが現実です。

 

なぜ私は喫煙の習慣を止められたのか

こうした構造が見えてくると、ウッカリ禁煙するわけにもいかなくなってしまうんですよ。ニコチンには中毒症状があります。分かっていても止められないというものです。

 

それを引きはがすには、そのタバコを吸うという行為自体に何の意味もなくメリットも無いということを、ある程度頭に刷り込む必要があるんでしょうね。

 

だとすると、私は禁煙に成功した後、まだそんな無意味な習慣を続けている愚かな人たちを見下したりしないでしょうか?

 

自分はそんなバカでは無いと思いたいのですが、そもそも愚かな人間ですし、絶対大丈夫とは言い切れないですよね。喫煙者を見下すと同時に、私は私自身に失望しなければならないでしょう。そんなのイヤです。

 

命を賭けた妻の行為の印として何かを残したい

なので、何もなければ、到底私が自分から禁煙できるような環境には無かったんですよ。『妻が命賭けで望んだ私との離婚を思いとどまった』という出来事がなければムリでした。

 

もし私が妻の立場であったら?命がけでやろうとしたことは、何が起こっても最後までやりきったでしょう。つまり、絶対に離婚届にサインさせて提出していたに違いないと思います。

 

しかし、彼女はそれを思いとどまったんです。なぜか?というのは永遠に謎ですけど、それを曲げてくれたというのは、私には極めて稀有なことでした。もう終わったと思いましたから。

 

なので、私も何か一つ曲げようと決めたのです。妻は常々私にタバコを止めてくれと言ってました。私は結婚前からずっと喫煙者でしたし、それを前提として結婚したはずですし、おすし。みたいな感じだったんですよね。

 

あとは前述の『なんで、そのくらいで止めにゃならんの』という主義主張みたいなものもありました。

 

でも、妻は死んでも離婚したいという決意を曲げて、やり直しを考えてくれたわけです。

 

やめる理由が明確になったら早かった

だったら私がタバコくらい止めてもゼンゼン構いませんよね。そのくらいはして当然でしょう。こっちは全然命かかってませんし。

ということで、私はすんなりタバコを止めることが出来ました。

 

  • 健康のためでなく、
  • タバコの値段が高いからでもなく、
  • 周囲に臭いと言われたからでもなく、
  • 喫煙の習慣が無意味と悟ったからでもなく、

タバコを止めることが出来ました。

 

そもそもタバコを止めるなんて簡単なんです。

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こんな風にたばこを咥えて、先端に火を点けるという行為をしないだけでいいんですから。

ただそれだけです。今この瞬間からでも始められます。私が禁煙を始めたのも唐突でした。

 

タバコを買いに行った先で禁煙を思い立ち即スタート

タバコを買いに行ってくるわ。

その日、私は妻にこう言って家を出ました。そしてコンビニについてから、『ああ、タバコやめよう』と思い立ち、コンビニのごみ箱にあと数本残ったタバコと100円ライターを捨ててスタートしました。

 

どんな瞬間からでもスタートできます。

 

最初の数日は禁断症状が出ますが、それをやり過ごせば後は楽です。

 

我慢できないときは、熱ーいお茶を飲んで甘ーいチョコレートを食べます。

 

ただそれだけです。

まとめ~もっと大らかにいきませんか

禁煙の方法はカンタンですしすぐ始められます。でも私の場合は、なぜ禁煙するのか?その理由を見つけるのに、非常に長い時間を必要としました。

 

加えて、妻の命がけの行為も必要としたんですね。

 

対立軸が出来ているところでそれを移動するのが億劫になってしまってたんでしょう。私はタバコを止めましたが、今タバコを吸っている人は何も無理に止める必要は無いと思っています。

 

どっちでもいいじゃないですか。

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どうも最近はみんながこうした問題になると、非寛容で、排他的で極端な議論になって炎上しがちですよね。

 

そういう炎上の裏側にはこうした対立や断絶で一儲けしようとしている人が暗躍しているんじゃないのかと思うんです。

 

そろそろ、そういうのは止めにしませんか?そいつしかトクしてませんよ。

 

以上、千日のブログでした。

 《あとがき》

妻から三行半を突き付けられそうになったあたりから、ブログの幅が広がっている千日です(笑)。

ぶっちゃけているような感じを受けるかもしれません。確かに普通は公言しないような話だとは思います。

でも、こうしたことは、各家庭、の各夫婦に共通の話ではないかなぁと思うんですよね。

そんなに特殊な個人的な話という感じでもないというか、すごく個人的なことを書いているようですけど、実のところ一般的なテーマについて書いているというのが私の感覚です。

2018年2月19日